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タテラッツィ

  • author: タテラッツィ
  • 観たもの触れたもの、マンドリン音楽活動などについて、書いていきます。

    【告知】
    マンドリンオーケストラ“未完成』第11回演奏会
    2011年2月27日(日)浜離宮朝日ホール音楽ホール
    13時30分開場、14時開演
    シューベルト「未完成」、クルト・ヴァイル「小さな三文音楽」ほか。
    入場無料です。

    リベルテマンドリンアンサンブル2枚目のCD発売中!
    マンドリンオーケストラ編曲の最高峰と、新たな世界を切り拓いた委嘱作品を収録。

    指揮:中川賢一(Ken'ichi Nakagawa)
    マンドリン独奏:望月豪(Go Mochizuki)
    演奏:リベルテ マンドリン アンサンブル
       リベルテ マンドリン オーケストラ

    ご購入・お問い合わせはduende-juergaあっとまーくezweb.ne.jpまで!
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    ステキな引き篭もり生活
    今日は体調を整えるために完全自宅療養。
    自分には週1日は絶対にこういう日が必要です。最近の体調不良でそれを痛感しました。

    で、DVD観て、本読みました。
    共に素晴らしいもので、充実した休日になりましたよ。

    なお、これから映画・本・音楽に5段階評価を★の数でつけることにしました!

    DVDは、

    トリュフォー監督「アメリカの夜」★★★★★
    (1973年・フランス/イタリア)

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    フェラン監督(フランソワ・トリュフォー)がハリウッドからジュリー・ベイカー(ジャクリーン・ビセット)を主演女優に招き、ニースの撮影所で新作映画『パメラを紹介します』を撮影している。しかし、停電で現像前のフィルムが駄目になったり、芝居がうまくできずに酒浸りになる脇役がいたかと思うと、仕事そっちのけで女ばかり追いかけ回す男優がいたり、スタントマンとスクリプターが駆け落ちしたりと、なかなか撮影ははかどらない…。
    そんな映画撮影の日常をスケッチ風につづりながら、すべての映画を愛する人々に捧げられたフランソワ・トリュフォー監督の名作。タイトルの“アメリカの夜”とは、レンズにフィルターをかけて昼間の撮影でも夜のシーンに見せてしまうこと。それは即ち虚構の象徴であり、またそれこそが映画の魅力なのである。アカデミー賞外国語映画賞受賞。


    映画好きに贈られたステキなメイキングドラマ。観た後の幸せ感がなんとも言えない映画です。

    っていうか、トリュフォー最高!文句なしの逸品!!

    配役も自分のお気に入り俳優ジャン・ピエール・レオも出てるし、ベテラン俳優陣の演技もエレガントに決まっててイイです!

    本の方は、、、

    姜 尚中「在日」★★★★☆

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    在日の存在が戦後の日朝関係のすべてを語る。二つの祖国、たび重なる差別、閉ざされた日朝関係。メディアで発言する政治学者・姜尚中、初の個人史。新たなアジアの未来を創り出す「新在日マニフェスト」。


    姜 尚中(カン サンジュン、1950年8月 - )は、熊本県生まれの政治学者、在日韓国人二世。

    早稲田大学大学院政治学研究科博士課程を修了。西ドイツ・エアランゲン大学留学(1979年-1981年)後、国際基督教大学準教授を経て、現在、東京大学情報学環教授。専攻は政治学・政治思想史。

    最初、日本名永野鉄男(ながのてつお)を名乗っていたが、早稲田大学在学中、韓国文化研究会に参加し、1972年訪韓以来、民族名を使用する。韓国文化研究会での「左の独裁にも右の独裁にも反対する」という声明を、丸山真男の「民主主義の永久革命」と読み替えていくことにより、北朝鮮に対してさめた眼を一貫して保っていたことを誇る知識人でもある。

    1984年、外国人指紋押捺を拒否するが、ヒロイズムとは違った道でしか解決は見出せないと考え、最終的には押捺に応じる。この間の苦渋に満ちた経験からプロテスタントの洗礼を受ける。

    在日韓国人というカテゴリーを、単に、母国以外の土地に住んでいる韓国人としてはおわらせず、日韓を超える独自のものとしてとらえようとし、その立場からの日本のナショナリズム批判に関する著作も多い。


    姜尚中は好きな評論家・学者の一人です。
    いや、彼自身は自分のことを「評論家」でも「学者」でもなく「行動者」であると規定しています。

    彼が象牙の塔の頂点、東京大学なんて所を拠点にしながら、テレビや本、講演会などで発言する活動を大切にしている理由もそこにあるらしい。

    彼によると、すべての人は、自分の専門領域・所属するジェンダーや階層などのカテゴリーの外にあるあらゆることに関して「アマチュア」であるということになります。

    「在日」の彼によれば、日本人は生まれながらにして「日本社会についてのエキスパート」であるが、政治学・政治思想を学んだ彼にとってみても、イスラムやアラブ問題・アメリカ外交問題についてはエキスパートではない。アマチュアである。

    そんな風に考える。これは、エルサレム生まれでアメリカに暮らしたパレスチナ人評論家(「オリエンタリズム」などの著作で有名)エドワード・W・サイードから触発されたらしい。
    サイードも姜尚中も、あらゆる社会においてアウトサイダー=アマチュアであることを、その出自から余儀なくされた人。

    そういう状況に苛立ち、逡巡してきた彼は、ある時点に至って、自分は「東北アジア」に生きる人間だという定義をします。

    過去100年に渡って、この地域はまともなネットワークもなく、ただ攻撃、支配・被支配と睨み合いを続けてきました。

    そんな状況に射した一筋の光明「六カ国協議」に彼は望みを託します。そして、この地域のネットワーク作りに「在日」が参加できる見通しを述べて、この本は終わります。

    いくぶん読みにくい(あんまり推敲してない?って、このブログよりゃ遥かにマシだけど^^;)のと、あまりに叙情的でロマンティックな所で好き嫌いが分かれると思いますが、自分はこういう熱い人は大好き。学者であるに留まらず、「行動者」としてリスクを承知の上で発言を続けるところも支持したい。

    学者ってのは、なかなか自分の専門外のことで発言するリスクを負わないものですが、彼は正確さ・安定性を放棄してでも、自身の発言が社会に及ぼす影響力の方をより優先しているのです。

    それに「東北アジア」共同体みたいな構想は、ワタクシも非常に共感を覚える概念。EUにできてアジアにできない筈はない!って思うんですけどねぇ。

    でもこの週末の中国での大規模デモとか竹島問題とか、北朝鮮の核保有宣言とか見てると、まだまだ道のりは長そう。
    ただ、姜尚中氏も述べていることですが、1945年時点で50年後にEUなんてもんが、こんな風になっているとは、誰も想像さえできなかった。50年後(自分が死ぬ頃?)には「東北アジア」共同体なんて世の中になってるといいですね(大東亜共栄圏ではなく)。

    で、肝心の自分は姜尚中氏のように行動者であることができるのだろうか?
    そのことを、考えざるを得ませんね。

    ある種、姜尚中氏やサイード氏のような「根無し草」の人の方が、社会に対してリベラルに接することができるのでしょう。自分のような人間がそれをすることはできるのだろうか?

    必然性がない。
    人間の行動に必然性が伴わない場合、それなら代わりに何かしらの動機が必要でしょう。

    「自分」という所に棚卸しして考えた場合、まず、問題を認識すること、そしてそれを自分なりに咀嚼し、考え、自分の意見を持ち、それを口頭・文章・選挙の投票などにより、表明すること。

    そもそもブログというもの自体、文章の民主主義革命みたいな所があるのですから、そんなチャンスは有効に使わないといけませんね。

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    未分類 | 21:51:49| Trackback(0)| Comments(6)
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