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タテラッツィ

  • author: タテラッツィ
  • 観たもの触れたもの、マンドリン音楽活動などについて、書いていきます。

    【告知】
    マンドリンオーケストラ“未完成』第11回演奏会
    2011年2月27日(日)浜離宮朝日ホール音楽ホール
    13時30分開場、14時開演
    シューベルト「未完成」、クルト・ヴァイル「小さな三文音楽」ほか。
    入場無料です。

    リベルテマンドリンアンサンブル2枚目のCD発売中!
    マンドリンオーケストラ編曲の最高峰と、新たな世界を切り拓いた委嘱作品を収録。

    指揮:中川賢一(Ken'ichi Nakagawa)
    マンドリン独奏:望月豪(Go Mochizuki)
    演奏:リベルテ マンドリン アンサンブル
       リベルテ マンドリン オーケストラ

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    「ホテル・ルワンダ」を観て
    少し前のことになりますが、映画「ホテル・ルワンダ」を観てまいりました(観た正確な日付は、「あるアリバイ」との関連により書くワケに行かない事情があるもので、、、今回はヒ・ミ・ツ←ぁゃιぃ…)。

    ホテル・ルワンダ(★印ナシ)
    監督:テリー・ジョージ 主演:ドン・チードル


    1994年に起きたルワンダ大虐殺。列強諸国がこの惨事に背を向ける中、あるルワンダ人ホテルマンの行動が1200人もの命を救った・・・ルワンダ版「シンドラーのリスト」とも呼ばれる実話


    点数(★印)ナシということの意味。
    つまりこのような映画は、「構成の巧みさ」だとか、「俳優の演技力」だとか、そんな映画評論家チックな見方での完成度とは関係なく、そのテーマの重要性ゆえに全人類が観るべき!ってことなのです。

    いや、そう言いつつ映画そのものとしてもこれはかなり秀逸な部類だとは思いますけど(主演俳優の演技が特に好印象♪)、でもやっぱりこの映画はテーマそのものが超越しているために、あまり映画としての出来不出来の話にばかり言及したくはない感じなんです。

    ルワンダの大虐殺を描いたこの映画、世界で注目を浴び、アカデミー賞も取ってるというのに、日本ではこんなサイトで運動を起こさなければ上映されることもなかったのだとか。

    日本の最近の映画館事情は、

    郊外や地方に破竹の勢いで進出するシネコン

    と、

    都心で目の肥えた(スノッブな)映画マニアを相手にするミニシアター

    という二極化が進んでいるようで、「質は高いがポピュラーじゃない映画」を観るには、関東で言えば、渋谷や有楽町(あるいは下高井戸、東中野なんてのもありますが)など、都心付近へ行く他ないという状況。

    そんな中、自分はこの映画、千葉は幕張のシネコンで観てきました。
    シネコンも、さすがにマンネリ化の一途を辿るハリウッドの売れ線映画だけでは飽きられるという危機感を持っているってことでしょうか?

    ルワンダ虐殺の起きた1994年と言えば、自分は既に大学に入学した年。
    新聞は一応ほぼ毎日読んでいたので、この虐殺のことは「それなりに」見知ってはおりました。

    でも、当時の自分は、何もしなかった。
    しようとしなかったし、そもそもそんな発想すら頭に浮かばなかった。
    そして日本人、いや、世界中のほとんどの人が同様だったのです。

    この映画の中で印象的なセリフがあります。

    欧州のジャーナリストが虐殺映像を撮ったことに対して、主人公@ルワンダ人は「ルワンダの惨劇をテレビで観れば、世界の人たちはきっと動いてくれるはず!」と言って期待を寄せますが、それに対してこのジャーナリストがぼそっと言った一言。

    【この映像を観たって、きっと彼らは「大変だね」と言って、そのままディナーを続けるだろう】

    ああ、まさにこれ、1994年当時の自分ではないですか・・・。
    いったい自分は、何のために世界を知ろうとしている(た)のやら。
    まったくもう、意味ナッシングではないですか。。。?

    1990年代前半というのは、冷戦が終わった後、突如として(?)世界中に民族浄化の嵐が吹き荒れた時代でした。
    そして、ルワンダもその一つの表れであるのだな、などといった俯瞰的な趣でしか見られていなかったような気がします。
    いや、他人の話はよしましょう。自分が少なくともそう思っていました。
    自分としては、報道の扱いが遥かに大きかった旧ユーゴの問題の方が圧倒的に関心の対象であったし、恐らくは世界の大勢もそうであったように思います(そして世界は、ユーゴについても同様に救うことができなかったわけですが・・・)。

    ルワンダはドイツ、そしてベルギーが植民地支配していた際に、フツ族とツチ族という2つの部族を対立させることで、「上手く」統治していたのだそうです。
    そして独立後、その対立が怨念へと変わっていき、ついに起きてしまったのが、この虐殺という図式(少々乱暴な説明で恐縮ですが)。

    そして、わずか100日の間に100万人ものツチ族の人たちが虐殺されたのです。。。

    この映画、たぶん遅すぎた。
    1994年当時とまでは言わないまでも、1995年くらいに上映されていたら・・・何かが変わっていたでしょうか?

    自分の場合、1994年の次にルワンダ問題へ少しでも関心を持ったのは、2003年でした。

    当時、渋谷Bunkamuraでやっていたセバスチャン・セルガド写真展で見たルワンダ虐殺の写真のあまりの悲惨さに、ショックを受けてしまったのです。

    しかし、これを機に自分がルワンダについてあれこれ調べ、何かを成そうという気概を持つこともありませんでした。

    そして2006年。

    虐殺から12年という年月は、長いのか短いのか。
    きっと長いのでしょう。

    たしかに当時、この問題に主体的に取り組んでいた人々、あるいは当事者たちからしてみれば、「遅きに失した話」なのでしょう。
    この点について、自分は何も言えやしません。

    しかし、だからと言って、


    現在この話から何も得るものがないのか?



    答えは・・・NOです。

    アフリカに対してルワンダに対して、今でもまだやれることがある限り。


    アフリカの現在は、その後改善されるどころかますます混迷を極めているかのよう。

    そんな中で自分は、やはり何もしていない・・・。

    いや、実は「お金」だけは出しています、ワタクシ。

    実はですね、毎月の給料の1パーセントをですね、ユニセフに募金してるんですよ、自分。
    本当はもっと、例えば10~20パーセントくらい、やればいいんでしょうけど。

    しかし、アフリカ問題に関心を持つ人によれば、「金だけでは全く不十分、あるいは逆効果でさえあることも」とのことで。
    何でも先進国からの援助金が、腐敗した現地政権の幹部の懐に消えていく構図があったりするのだとか。。。

    そうなってくると、現状、脱サラして行動を起こすワケにもいかぬ自分としては、何すりゃいいんでしょうね。

    土日にボランティアでもやればいいんでしょうか?

    いまやっているマンドリンの楽団、1つか2つ辞めれば時間的には可能かもしれない。
    いやむしろ、マンドリンを使ってボランティアをすればいいのか。

    なんてことは、実は最近よく考えていたテーマでして、昨年結成演奏会をやったles Cinqでは、とりあえず、腎臓病患者という自分に縁のある所を対象に、ちょっとした企画をしてみたりもした次第です。

    しかし、アフリカの貧しさ、これはちょっと他の地域・問題とは次元が違う気がします。
    自力再生ができないところにまで至ってしまっているアフリカの多くの国。
    「世界第2位の経済大国にたまたま生まれてきた人間」には、「明日のパンもない人たち」に対して何かをする義務はあるような気がします。
    それがたとえ「偽善」だとしても。
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    映画 | 01:12:02| Trackback(0)| Comments(0)
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