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タテラッツィ

  • author: タテラッツィ
  • 観たもの触れたもの、マンドリン音楽活動などについて、書いていきます。

    【告知】
    マンドリンオーケストラ“未完成』第11回演奏会
    2011年2月27日(日)浜離宮朝日ホール音楽ホール
    13時30分開場、14時開演
    シューベルト「未完成」、クルト・ヴァイル「小さな三文音楽」ほか。
    入場無料です。

    リベルテマンドリンアンサンブル2枚目のCD発売中!
    マンドリンオーケストラ編曲の最高峰と、新たな世界を切り拓いた委嘱作品を収録。

    指揮:中川賢一(Ken'ichi Nakagawa)
    マンドリン独奏:望月豪(Go Mochizuki)
    演奏:リベルテ マンドリン アンサンブル
       リベルテ マンドリン オーケストラ

    ご購入・お問い合わせはduende-juergaあっとまーくezweb.ne.jpまで!
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    ミヨー:プロヴァンス組曲
    マンドリンオーケストラ“未完成』第6回演奏会まであと3日!

    というわけで、まずは告知たいむっ


    マンドリンオーケストラ“未完成』第6回演奏会
    日時:2006年2月26日 (日) 開場14:00、開演14:30
    会場: 川口総合文化センターリリア 音楽ホール
         (JR京浜東北線 川口駅 西口正面)
    入場料:無料(チケットなしでご入場いただけます)

    【第1部】
    劇音楽「アルルの女」より抜粋 (G.Bizet)

    【第2部】
    組曲「ドリー」 (G.Faure)
    プロヴァンス組曲 (D.Milhaud)


    今回は、オールフランス物プログラム。

    何故か?“未完成』でこれまで無縁だったフランス物にいよいよ着手してみよう!

    ってことで、そしたら見事、全編フランス物になっちゃったっていう次第です(そんな単純で良いのか??)

    ワタクシの最近の私的な嗜好としては、ロシア物(というか正しくはソ連物)がマイブームなのですが、フランス物は、そんなものに左右されない「通奏低音」っていう感じで、一年中・一定量、私の中に君臨しています。

    今日もまた今回の演奏会のメイン曲、「プロヴァンス組曲」について。

    以下、“未完成』メーリングリスト向けに自分が投稿した文章です(ほんの少しだけ校正)。


    1)ミヨーとワイル

     MILHAUDと書いてミヨー。
    彼は自身のことを「私は、プロヴァンスの、そして宗教的にはユダヤ教を信ずる、フランス人です」と述べています。ミヨーという作曲家のことを知る際に、こうした複雑な出自を持つ彼のバックボーンを知ることは、必要不可欠です。しかし、これで十分なのかと言うと、それでは実は足りません。彼の音楽が当時の世界最先端を行く「前衛音楽」であったことへの理解が、ミヨーを知る良いきっかけとなることでしょう。

    今回この「プロヴァンス組曲」を取り上げるに当たって、何人かの人に指摘されたことに、「この曲、『三文オペラ』に似てる」というのがありました。“未完成』第4回演奏会で取り上げた「三文音楽」の元である「三文オペラ」の作曲年は1920年代後半、そしてこの「プロヴァンス組曲」は1930年代ですから、同時代と言っても差し支えないですし、その音楽がお互い影響し合っていても、何ら不思議はありません。そして事実、ミヨーは「三文オペラ」の作曲者クルト・ワイルとは親しい友人だったのです。伝統的なクラシックの語法から外れ、あまりに自由に過ぎるドイツ人ワイルの音楽は、ナチスから「頽廃音楽」の烙印を押され、アメリカへの亡命を余儀なくされましたが、ユダヤ人ミヨーもまた、ナチスドイツがフランスを占領するに当たり、アメリカへ亡命します。長く辛い船旅を終えてニューヨークの自由の女神が見えてきた時、桟橋でミヨーを出迎えたのは、たった1人。ワイルその人だったのです。

    2)ミヨーの中の不純物

     ミヨーの音楽には、「プロヴァンス」「ユダヤ」「フランス」、その他にもまだまだ多くの【不純物】が詰まっています。
    というのも、彼は若い頃、ブラジルで数年を過ごしたり、上記のようにアメリカで過ごした期間もあります。そこで得たサンバやジャズのリズム感が彼の音楽をより面白くしています。

    3)フランス6人組

     そしてミヨーはまた、「フランス6人組」という作曲家グループの一人でした。「フランス六人組」には、他にオネゲル・プーランクなどの作曲家がいますが、このグループの存在は、ご存知ない方の方が多いかもしれません。というのも、彼らが活躍した20世紀初頭と言えば、ワーグナー風の濃厚で劇的な作品や、複雑難解で革新的な現代音楽が幅を利かせていた時代です。そんな時代にあっても彼らは「無駄な装飾を捨てた簡素で率直な表現、明晰な構造、民衆的な笑いと知恵、日常性に根ざした芸術」を目指しました。しかし、そんな彼らの姿勢は時代に受け入れられず、「偉大でも革新的でもない、取るに足らないもの」として、音楽史の上では切り捨てられることになったのです。しかし、時代が変わり、技法の革新にばかり目が行っていた現代音楽の歩みが行き詰ってしまった今、6人組の気取りのない自然体の音楽は、次々と見直されるようになってきています。6人組が手本とした作曲家は、サティです。サティは1980年代以降、世界中でリバイバルが起こり、今では「有名作曲家」の一人となっていますが、ミヨーを含む6人組はまだ、その域には達していません。“未完成』の選曲コンセプトというのは、必ずしも一様ではなく(過去の選曲を見れば明らか!)、毎回全く違う傾向の選曲だったりしますが、選曲メンバーの中でいつも念頭にあるのは、

    「誰もが思いつきもしないような曲をやって、ちょっと『あっ』と言わせてみたい」

    というような軽い野心のようなもの。

    その点では、第1回の「運命」を始めとする交響曲をドカーンとやってしまうことと、今回のように「プロヴァンス組曲」という「隠れ名曲」を持ってくる精神の根底には、大きな違いはないのではないか?と思っております。

    4)多調とは?

     ミヨーの音楽技法の最大の特徴は「多調」です。2つ以上の声部が、それぞれ別の調で作られているのです。ミヨーはこの技法のヒントをバッハの2声のカノンから得たと述べています。

    ミヨーの発言。「私は中声部をやめにして、各楽器にそれぞれ独立した旋律、または固有の調性的な表現をもつ線を担当させてみたかったのだ。・・・そしてその音楽を書き進むうちに、私は幼いころ夢見ていた響きにめぐり合ったのである」。

    ミヨーの音楽はドイツ古典~ロマン派音楽のように「1つの所へみんなで向かっていく音楽」ではありません。奏者の独立性、自尊心のようなものが要求される音楽と言っても過言ではないかもしれません。
    そのため、彼の音楽は、「キレイにハモる」ということを知りません。そのため、保守的な人たち、例えばサン=サーンスなどは、ミヨーの音楽を「精神病院行きに値するもの・・・。ただの雑音に過ぎない」と評しました(「サン=サーンス逝ってよし」ですな。とっくに逝ってるけど)。

    5)ミヨーの「プロヴァンス組曲」以外の作品
    ミヨーは非常な多作家(コチラ参照)
    というわけで、彼の作品を全て聴くというのはなかなか難しいですが、

    ・ミヨーのフランス人としての誇りを知りたければ「フランス組曲」。楽章ごとにフランス各地方がテーマとなった音楽になっています。亡命先から祖国への思いをはせて作った曲です。
    オススメCDはチェリビダッケ指揮ミュンヘンフィル

    ・ミヨーのブラジル・サンバ調を聴きたければ「ブラジルの郷愁
    オススメCDはミヨー指揮によるジサクジエン。「プロヴァンス組曲」の「参考音源CD」もここから採っています。


    ・ミヨーの小粋なエスプリぶりを知りたければ、「スカラムーシュ
    オススメCDはプレートル指揮モンテカルロフィル。めちゃ安いし、これにも「プロヴァンス組曲」が入ってます。オマケに入手もしやすい(タワレコとか行けば、まずあります)。

    ・「ジャズの要素」を取り入れて成功したのは、「世界の調和」、そしてさらにポップな「屋根の上の雄牛」(CDは「ブラジルの郷愁」と同じ)

    ・ミヨーのユダヤ的な深遠な世界も知りたいという「通」向けには、「神聖祭儀」という曲を。
    CDはここ
    視聴はここです。

    ミヨーは作品番号とし把握できる分だけで443もの作品を生涯で残していますが、現在注目を集めるのは、どうしても劇画的作品や一部の明るい曲想の器楽曲の数曲だけになりがちです。しかし、彼は敬虔なユダヤ教徒でもありました。そんな彼の静かな一面を知るCDということでご紹介。
    これはまず日本では上演されません。いや、世界でもって言った方がいいかも。
    50年に1回やるかどうかって所でしょう。
    もしこれが生きているうちに上演されたら、そん時ゃ、家族子供を質に入れてでも聴きに行きましょう(もちろん冗談ですって)。

    他に、【弦楽四重奏】にも名曲がいっぱい!


    ----------プロヴァンス組曲プログラム原稿(案)ここから----------

    プロヴァンス組曲 Op.152b (ミヨー)Suite Provencale

    20世紀前半に、ロマン主義・印象派の放棄とフランス古典音楽への回帰とを掲げたフランス六人組の一人、ミヨーは、南仏エクス・アン・プロヴァンスに生まれました。彼は、ブラジルやアメリカなどでも暮らし、サンバやジャズなどを自らの音楽に取り入れましたが、彼の自由で楽天的な作風の根本にあるものは、あくまでプロヴァンスの明るく豊かな色彩感だったのです。
     そんな彼が故郷への思いを凝縮させた曲が「プロヴァンス組曲」です。8つの楽章から成るこの組曲は、それぞれがプロヴァンス地方に伝わる民族音楽を主題としています。1曲1曲が自主性を備えながら、それでいて連続して聴けば全体としての調和が生じる所にこの作品の完成度の高さが窺えます。
    なお、この「プロヴァンス組曲」は、後にバレエ化されています。

    第1曲 【Guardians(牛の番人)】
     Anime;アニメ(アニマート)二分の二拍子
    生き生きとした民謡風の旋律が主題となっている明快な音楽。

    第2曲 【Cueilette des amandes(アーモンド摘み)】
    Tres modere トレ・モデレ(モルト・モデラート)四分の四拍子
     1曲目の喧騒から一歩引いた静かで旋律の美しい曲。

    第3曲 【Joueurs de boules(球技をする人たち)】
    Modere; モデレ(モデラート) 四分の二拍子
     この曲冒頭から流れる旋律は、「アヴィニオンの橋の上で」という有名な曲から取ったものです。マンドリンのよる旋律とマンドラ・クラリネットによる16分音符による合いの手、低音パートのシンコペーションのリズムにより、生き生きとした音楽が作り出されます。

    第4曲 【Pecheurs(漁師)】
    Vif ヴィフ(アレグロ) 四分の三拍子
     最も短く最も活発な舞曲です。中間部分では旋律感のある部分が登場しますが、後半再び冒頭の舞曲に戻ります。

    第5曲 【Chasseurs(ハンター)】
    Modere; モデレ(モデラート) 八分の六拍子
     マンドセロのリズムの上でクラリネットが奏でる8小節単位のオスティナート(繰り返し)を基調として、その上にマンドリンやフルートが旋律を奏でます。

    第6曲 【Venanges(ぶどう収穫期)】
    Vif ヴィフ(アレグロ) 四分の三拍子
     3拍子の旋律に対して伴奏パートが8分の6拍子の2拍子リズムで組み合わさることにより、リズムの妙が楽しめる曲となっています。

    第7曲 【Bergers(羊飼い)】
    Lent ラン(レント) 四分の四拍子―四分の三拍子
     冒頭、堂々としたマンドリンとフルートの旋律から開始され、その後、クラリネットとマンドセロ、そしてギターによる寂しげな旋律とマンドリンとフルートによるいく分明るい旋律が交互にやってきます。

    第8曲 【Farandole(ファランドール)】
    Vif ヴィフ(アレグロ) 八分の三拍子
     ファランドールは第一部「アルルの女」でも登場したプロヴァンス地方の踊りの音楽です。手をつないで列になって踊ります。小ロンド形式による活気に満ちた終曲。プロヴァンス太鼓によるリズムの上でピッコロが踊るように吹く様は、民族衣装をまとった老若男女が村の広場に集まり踊りまわるファランドールそのものです。なお、曲中にはパートによって異なる調性を担当している箇所がありますが、これはミヨーの得意とした、多調という、1つの作品の中で別のパートに異なった調を同
    時に用いる手法によるものです。

    ---------------------プログラム原稿ここまで-------------------

    ※↑ではフランス語のアクサンテギュなどは文字化けするので、除外。
    内容も一部その後、見直ししております。


    ところで、“未完成』の誰だかが、「ぶどう収穫期」っていう曲が、

    【激しすぎて、とてもぶどうを摘んでいる感じがしない】

    ということを言っていた(書いていた?)気がしていますが、このあたりのことについて、少し(たくさん?)。

    ミヨーの音楽っていうのは、あんなにキュートでキャッチーではありますが、あくまで基本的には当時の「前衛音楽」なんですね。
    「前衛」と言っても「イコール難解複雑」とは限らず、当時の世界の最先端の作曲技法に明るく、またそれらを大胆に取り入れていき、同時代の音楽界をリードしていた存在、というくらいの意味なんですけどね。

    プロヴァンス地方というフランスの田舎地方出身でありながら、彼は前にご紹介したように、とてもインターナショナルな性格をも持っていたのです。

    また彼はユダヤ教徒でした(この曲についてある人が指摘していた「キリスト教徒の祈り」というのは、そういう点では厳密には間違いかと思います。ただし、ミヨー自身が意識していたかどうかはともかく、プロヴァンスの風習・文化と不可分に根付いているだろうカトリック文化を自然と彼も吸収していた、というのはあるんだろうと思いますね)。

    この「ぶどう摘み」についてですが、つまり、彼の音楽は「プロヴァンス民謡そのもの」ではなく、「プロヴァンス民謡を素材としたモダンミュージック」。
    そこがミヨーの音楽のキモなのだろうと思います。
    だから曲の標題をストレートに表現していないかのような印象を持つことになるのではないでしょうか。

    ハンガリー民謡を素材としたバルトークの音楽を聴いて、

    「ハンガリーの農民たちって、前衛的だったんだなー。だから共産主義になったのか。」

    とか、めちゃくちゃ言ってた人が以前いましたが、それがトンデモナイ間違いであることも、ミヨーの例に照らし合わせればわかるかと思います。

    しかし、ミヨーは「プロヴァンス民謡」を単なる

    「DJのサンプリング素材程度」

    にしか捉えていなかったのか?

    と言えば、それは彼の自伝に現れるプロヴァンスへの愛情からも、そんなにないがしろにしていた筈がないこともわかります。

    ミヨーと同時代の有名な画家、パウル・クレー(大好き♪)という人が言ったコトバで、

    「芸術とは目に見えるものの再現ではなく、見えるようにすることである」

    というものがあります。

    自分はミヨーやその同時代人の少しモダンな芸術を理解するのに、これが一番わかりやすいコトバだと思っているのですが、「プロヴァンス組曲」を聴いたり弾いたりする際に、プロヴァンスの風景を先に浮かべて、それがいかに写実的に音化されているか?という観点でミヨーの音楽を探ると、肩透かしを食らうように思います。

    多分に抽象化され、また独自の音楽語法、あるいはジャズなどの異文化言語をも併せ呑んだミヨーの音楽ですから、あるいは、「プロヴァンス民謡」が不純物にまみれているかのような不快感さえ覚えてしまうかもしれません。

    でも、ミヨーが創造したものは、そうではなく、「自分の体の中にある音楽を元に、プロヴァンスの様々な風物のイメージを喚起しようとした」、つまり風景ではなく音が先にあるような気がするんです。
    そしてそんな芸当は、プロヴァンスを愛し、熟知していた彼だからこそできたことでもあるんだろうと。

    近藤さんのブログの中で、実際に聴こえた音からいろんなイメージを探っていこうとしているくだりが、自分にはとても面白かったんですが、ミヨーが狙ったのは、まさにこういう効果なんじゃないでしょうかね?

    そのためのガイドとして、各曲の曲名「ぶどう収穫期」なんてのがあるのでしょう。

    あれは言ってみれば、美術館で掲げられている画家の絵のタイトルと同じようなもんで、ピカソあたりの絵を観て、

    「これのどこが猫の絵やねん!」

    って思ったこととか、皆さんきっとあると思うんですが、ミヨーの場合も、

    「これのどこが『ぶどう収穫』や!」

    って突っ込みつつ、でも、「あー、言われてみたらだんだんそんな気がしてきた」みたいな効果があるように思います。

    なぁーんてね。
    まあ、これはワタクシの私見ですので、正解かどうかわかりません。。。
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    マンドリン合奏 | 02:30:48| Trackback(1)| Comments(1)
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    2011-08-12 金 12:05:01 | | [編集]
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    「プロヴァンス組曲」加筆修正しました
    おととい、今日と、女子フィギュアをほぼライブで見ていました。 いやー、オリンピックの舞台って、すごい所ですね。 メダル候補の選手のまさかの失敗を見ていると、きっと限界まで練習を重ねてきているにも関わらず、 本番で自分の最高を出す、その難しさがひしひしと伝わ 2006-02-24 Fri 08:32:08 | kon★blog
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