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タテラッツィ

  • author: タテラッツィ
  • 観たもの触れたもの、マンドリン音楽活動などについて、書いていきます。

    【告知】
    マンドリンオーケストラ“未完成』第11回演奏会
    2011年2月27日(日)浜離宮朝日ホール音楽ホール
    13時30分開場、14時開演
    シューベルト「未完成」、クルト・ヴァイル「小さな三文音楽」ほか。
    入場無料です。

    リベルテマンドリンアンサンブル2枚目のCD発売中!
    マンドリンオーケストラ編曲の最高峰と、新たな世界を切り拓いた委嘱作品を収録。

    指揮:中川賢一(Ken'ichi Nakagawa)
    マンドリン独奏:望月豪(Go Mochizuki)
    演奏:リベルテ マンドリン アンサンブル
       リベルテ マンドリン オーケストラ

    ご購入・お問い合わせはduende-juergaあっとまーくezweb.ne.jpまで!
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    イ・ムジチの「四季」
    【ただ今のBGM】
    ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」

    イ・ムジチ合奏団、アーヨ(ヴァイオリン)



    アーヨ&イ・ムジチ2度目の録音で,LPは空前のベスト・セラーを記録した。あらゆる演奏の中で最も明るく優美でしなやかなのがこのCDだ。アーヨの独奏も素晴らしい。不滅の名演,と言ってよい。


    今さらイ・ムジチかよ・・・。

    良識あるクラシック音楽ファンの方の中には、そう思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。
    なにせこのCD、録音されたのが1959年ですから。
    まだ自分、生まれてもいません(一応ホントです)。

    もっとも、ピアノだとかオペラだとか通常の管弦楽作品であれば、1959年録音のCDなんてものは、現在でもいくらでも愛聴されています。

    それどころかむしろ、

    「昔に比べて最近はめっきり巨匠がいなくなってしまった。嘆かわしいことよのう、トホホ」

    という声の方が圧倒的に多いのが、現在のクラシック音楽の悲しい所。
    このことについては、自分はある程度まで同意します。
    実際、20世紀中盤頃に活躍してた指揮者や演奏家って、すごいメンツです。当時のウィーンだのニューヨークだのベルリンだのって都市は、梁山泊の趣だったことが想像されます。
    クレンペラーだのフルトヴェングラーだのって人たちの演奏をCDで聴くと、貧しい録音状態の中からでも、出てくる音楽の半端ではない迫力、凄みが伝わってきますね。

    だから今でも中古屋さんに行くと、CDだけでなく中古LPなんてものがいっぱい売られているわけですね。
    あーいうのが好きな方たちってのは、ある種の回顧主義者なわけですが、しかし、これまた、お気持ちはわからなくもないです。
    ちなみに作家の村上春樹は、旅に出ると3日やそこら、朝から晩まで中古LP屋巡りをすることがあるんだそうです(彼の場合、クラシック・ロック・ジャズと幅広いですが)。

    でも、ことバロック音楽に関しては、時代の潮流はまったく上記とは異なる様相を示しています。

    恐らく1970年代から現在までが、バロック音楽演奏の最盛期なのではないでしょうか?

    1960年代頃まで、バロック音楽は、チャイコフスキーやワーグナーなんかと同じ、通常のオーケストラの楽器で演奏されるのが当たり前でした。
    解釈についても、「当時どのように作曲されたのか」ということを追求するのではなく、演奏された時代の様式(20世紀前半なら前半)で演奏していたのです。

    しかし、

    「それではいかん!バロックは作曲された当時、こんな響きじゃなかった。作曲当時の様式を研究し、当時の楽器を使ってそれを忠実にこなしていこう!」

    という考え方が世界的に知られてきたのが1970年代。

    それ以降、バロック音楽については完全にこの古楽器派が隆盛となります。
    「良識ある」音楽ファンの間では、「バロック音楽を現代楽器で演奏するのはグロテスク」という共通認識さえ、できつつありました。
    それが1980年代から90年代。

    だがしかし、この「演奏された当時のまま」という考え方も今は少し下火。
    そりゃそうです。
    バロック音楽を愛する人たちは、バロックを別に「博物館を覗く」感覚で聴いているわけではないでしょうから。
    (もっとも、古楽器派の人たちも、単に作曲当時の演奏様式をそのまま再現させようとしているわけではなく、いろいろお考えがあるようです。後に書きます「現魂洋才」的な発想の人がどうも多いようです。)

    自分は本質的にはクラシック音楽っていうのは、【現代の自分の立っている位置から触れていくもの】だと思っています。

    どんな古典・バロック音楽だって、単なる「伝統芸能・懐古趣味」では、現代においてこれだけ多くの人がハマる必然性がないってもんでしょう。

    クラシックの演奏には、大きく分けて2つの考え方がありまして、

    1)作曲者の意図を忠実に再現するのが演奏だ

    という考え方と、

    2)演奏者自身から見て、作品を再構成していくのが演奏だ

    という考え方です。

    これは、どちらが正解だなんてことはないと思います。
    けれど、演奏する人は、おそらく1)か2)か、あるいは折衷案か、折衷案だとしたら、どういう箇所をどう考えるのか、自分で選択して表現活動をしていかなければならないのでしょう。

    自分は、クラシック音楽っていうのは、【現代の自分の立っている位置から触れていくもの】ではないか、と書きましたが、だからと言って例えば、

    ・現代の管弦楽編成でバッハのオルガンの名曲「トッカータとフーガ」を演奏するようにするべき!!

    なんていうことを言いたいわけでもないんです。

    っていうか、この管弦楽版「トッカータとフーガ」、実在するんですが、はっきり言って「醜悪」ですもん。。。
    いくらなんでもやり過ぎなのです。

    そう考えていくと、バロックを演奏する場合の自分が思うベストは、

    ・演奏様式については、作曲当時のものをできる限り追い求め、取り込む
    ・表現そのものについては、あくまで「現代人の現代人による現代人のための演奏」を志向していく

    そんなダブルスタンダード、、、じゃなかった、ええと、「和魂洋才」ならぬ「現魂古才」みたいな考え方ですね。
    でもこれって、歌舞伎とか相撲とか、何でもそうじゃないかな?と思います。
    オペラだって、19世紀~20世紀前半の演出みたく歌手が直立不動でやったら現代の聴衆は飽きてしまうので、最近のは、モーツァルトだろうがプッチーニだろうが、ずいぶん演劇チックになってきてますし。これも同じことです。

    現代人が昔の芸術に触れるのは、単なる懐古趣味ではない。
    昔のモノの最良の部分を知り、それを現代の目で見ることが大事

    ↑はい、ここ、試験に出ます。

    そういう点で、単なる伝統芸能・回顧趣味へ陥ることなく、現代の視点を入れつつも、作曲当時の編成(小さい)なども考慮されたイ・ムジチの「四季」は、ある種、折衷的なベストの演奏とも言えるものです。

    この演奏は、かつて「バロックをワーグナーのように演奏していた」時代においては、斬新すぎて批判され、近年のように「バロックはバロックらしく」っていう時代が到来すると、逆に居場所がなくなったのでした。

    でも、今聴いても、私はこのイ・ムジチ、すごく新鮮で心地良いですね。
    初めて「四季」を聴いたCDがこれだから刷り込み効果もあるのかもしれませんけど。
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    音楽全般 | 07:36:16| Trackback(0)| Comments(0)
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