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タテラッツィ

  • author: タテラッツィ
  • 観たもの触れたもの、マンドリン音楽活動などについて、書いていきます。

    【告知】
    マンドリンオーケストラ“未完成』第11回演奏会
    2011年2月27日(日)浜離宮朝日ホール音楽ホール
    13時30分開場、14時開演
    シューベルト「未完成」、クルト・ヴァイル「小さな三文音楽」ほか。
    入場無料です。

    リベルテマンドリンアンサンブル2枚目のCD発売中!
    マンドリンオーケストラ編曲の最高峰と、新たな世界を切り拓いた委嘱作品を収録。

    指揮:中川賢一(Ken'ichi Nakagawa)
    マンドリン独奏:望月豪(Go Mochizuki)
    演奏:リベルテ マンドリン アンサンブル
       リベルテ マンドリン オーケストラ

    ご購入・お問い合わせはduende-juergaあっとまーくezweb.ne.jpまで!
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    1つにならない・なれない
    【ただ今のBGM】
    交響曲第4番(ベートーヴェン)

    カルロス・クライバー指揮バイエルン放送交響楽団




    昨年亡くなった無頼漢カルロス・クライバー。

    「天才」とはこの人のためにある言葉でしょう!

    とか言うのも、もはや陳腐でしかない前人未到・突然変異の怪物指揮者だったわけですが、完璧主義者クライバーの狭いレパートリーの中でも最も得意としていた曲がこの「ベト4」です。

    そして、自分にとって、「一番聴いていてドキドキするオケ物CD」の1つがこのCDであります。

    この演奏を初めて聴いたのは、10年ほど前になりますが、当時、ワルターだのベームだのといった穏当な「ベト4」しか聴いていなかった自分は、びっくりしましたねえ。

    ベートーヴェンの交響曲4番

    人に「今度ベト●聴きに行くよ~」って言うと、かなりの確率で訊かれることがあります。

    「あれ、●番って『田園』だっけ?『英雄』だっけ?そういうの付いてないんだっけ??」

    ベートーヴェンは9曲の、そして「究極の」交響曲を書いたわけですが(copied by 池辺晋一郎)、その中でサブタイトルが付いているのは、わずかに4曲、つまり半分未満なんですよね。

    3番「英雄」
    5番「運命」
    6番「田園」
    9番「合唱付き」

    それも、5番に関しては、欧米では「運命」という名で呼ばれることは、あまり一般的でないようです。
    (輸入盤のCDをお持ちでしたら、見てみてください。「田園」には「Pastoral」とあっても、5番には何も書かれていないと思います。あ、でも万一、あったらゴメンなさいm(_ _)m←弱気モード)

    というわけで、交響曲の王様みたいに言われ、その後シューマンやシューベルトやブラームスなどが目標にしたというベートーヴェンの9曲の交響曲ですが、お茶の間レベル(?)なのは、せいぜい4曲程度、あーでも、「のだめ」の影響で7番もかな?まあでも、全部メジャーとは言えないのは間違いない所ですよね。

    そんな中でこのカルロス・クライバー(父のエーリッヒ・クライバーも相当な名指揮者だったので、区別するためにフルネームで呼ばれます)のベト4、この演奏は、ベトの中ではややマイナーなこの曲のイメージを覆してくれますね。

    シューマンいわく、この交響曲第4番は、

    『2人の北欧神話の巨人の間にはさまれたギリシアの乙女』

    なんだそうです。

    「2人の北欧神話の巨人」というのは、その前後の3番「英雄」と5番「運命」ですね。

    しかしカルロス・クライバーさんは、この曲を全くそうした「つなぎ曲」的視点で見てはいなかったようです。

    全楽章ともに、凄まじい速度。

    4楽章の速度指定は「Prest」(プレスト)で、もともとかなり速い指定なんですが、カルロスほど速い演奏はお目にかかったことがありません。後半、ファゴットソロの難所があるんですが、いまいち吹ききれてないんです。天下のバイエルン放送交響楽団の首席ファゴット奏者を以ってして、ベト4なんていうノーマルなレパートリーだと普通プロオケの人はマンネリ感覚に陥って弾いてるんじゃないか?なんて邪推するわけですけど、そうした猛者をもアップアップにさせてしまう、スゴイことだと思います。

    さて、前置きが長くなりましたが、実は、ある演奏会に行きまして、その感想を書こうと思っていたのでした(笑)。いえ、上記のはちゃんと?伏線として↓で生きてくると思います。たぶん。。。

    スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮ザールブリュッケン放送交響楽団演奏会

    東京オペラシティコンサートホール

    12月3日(日)14:00

    交響曲第1番 ハ長調 op.21 ★★★★★
    交響曲第4番 変ロ長調 op.60 ★★★★★★★∞
    交響曲第5番 ハ短調 op.67《運命》 ★★★


    061203_L.jpg


    スクロヴァチェフスキ、通称ミスターS

    カルロス・クライバーに負けず劣らず私の大好きな指揮者の一人です。
    (ていうか、好き嫌いで言えば、スクロヴァの方が好き)

    1998年だか99年だか以来、彼の来日時は一度も逃さず公演に出かけています(1度の来日で8公演やったとして、少なくとも1つは聴いた、という意味)。

    まず、最初の交響曲第一番。

    これはハイドンの影響下にあった交響曲だなんて解説されてたりしますが、第3楽章は指定上は「メヌエット」とありながら実質的にはベートーヴェンが開拓したロマン的様式「スケルツォ」に近いものですし、スクロヴェチェフスキの指揮も、相当速くて鋭いものを要求していました(単に速いというだけでなく、ニュアンス自体、端正なものよりも勢いあるものを要求していたように感じた、ということです)。

    次に交響曲第4番。

    これが白眉でした。

    上でご紹介したカルロス・クライバーのCD(実はDVDも持っていて、そっちの演奏は更にいいのですが)のテンポを上回るほどに速い演奏!

    スゴイ。。。

    もっとも良かったと思ったのは、速度が速いということではなく、内容に感銘を受けたからで、スクロヴァチェフスキの特質でもある対位法的処理の上手さ、つまり対旋律や内声部の強調といったものが見事に出ていまして、「あれ、ベト4なんていっぱい聴いてきたけど、こんな旋律あったっけ?」と思う箇所もありました。

    ベト4という曲は、『2人の北欧神話の巨人の間にはさまれたギリシアの乙女』と取るか、『ベートーヴェンが一番激しい曲を書いていた中期の頃の傑作の1つ』と取るか、解釈に多義性を持たせてくれる曲なのではないか?という気がします。

    スクロヴァチェフスキという指揮者は、まさにこういうのが得意なんですね。

    メロディをいっぱい歌いこんで、それでお涙ちょうだい!っていうタイプじゃなく、対旋律やベース音、装飾音などに注意を払って、主旋律はむしろそっけないくらいにして、音響を立体的に見せるというか、うまくいえませんが、そういうタイプです。

    そしてベト1とベト4、この2曲、中でもベト4は、そういうスクロヴァの特質にマッチした曲なんだと思いました。

    しかし、最後のベト5(運命)

    これが個人的には、イマイチでした。

    今回の演奏会の中では、圧倒的に知名度の高い曲で、お客さんのウケも非常に良く、終演後、いつまでも拍手が鳴り止まずに、団員が去った後も、スクロヴァ氏だけがステージ上に呼び戻される事態となったわけですが(もっとも、最近、東京ではこのシーンが頻繁にあり過ぎて、個人的にはちょっとシラけていますけど)、自分としては「うーん・・・」と何か煮えきれないものを持ったまま会場を去ることになりました。

    思うに、ベト5というのは、曲の方向性という点で、あまり多義性を認めない曲なのかな?という気がしました。

    もちろん、「運命」というサブタイトルがいかにも似合う深刻な演奏をするのか、それとも、誰だったか忘れましたが、「こんなの単なるアレグロ・コン・ブリオじゃん」といってそっけなく「ジャジャジャジャーン」と演奏する解釈を取るのか、その2択は、演奏史上においても重要な対立ですし、スクロヴァさんは明確に後者を志向していました。
    (なので、「運命」はもっと深刻にやってくれないと!っていう角度からの批判がもしかしたらあるかもです)

    自分がベト5について、多義性を認めない曲なのでは?と思ったのは、そこんところではなくて、この曲が構造的に持つ、「1つの所に向かって突き進む曲であること」に対してなんです。

    こればっかりは、曲自体の性質上、どうしようもないのかなあと。

    スクロヴァチェフスキという指揮者は、「苦しみもだえ、それを超えた所にゴールがある。だからみんなでそこに向かって頑張ろう!」みたいなものがあまり得意でないような気がするんですね。

    そうした1つに向かって収斂していくものよりも、もっと個が個であるままの状態を生かしながら、それでもきちんとポイントを掴んでいるから、バラバラにならずに個が生きる、みたいな演奏をする人なのかなあ、という気がしています。

    彼のブルックナーなんて、特にそういう傾向が色濃く出ていて、だから、チェリビダッケとかヴァントとかの「1つに向かって迷うことがない」ブルックナーが好きな人の中には、スクロヴァチェフスキのブルックナーは全く受け付けないという人が結構いるみたいです。

    いや、自分もブルックナーに関しては、そっちの方が正しいような気もするんですけど、でもスクロヴァのブルックナーも、これはこれでかなり好きだったりします。

    でも、どうしても「ベト5」では、「ちょっと違う気もするけど、これはこれでいいんじゃない?」という所にさえも行き着かなかったような、そんな感じでした。

    ちなみにアンコールはナシ。

    「コリオランかね。エグモントかね。それともレオノーレ3番かな?」

    なんて予想していた身としては肩透かしくらった感じでしたが、考えてみたら交響曲3つも聴かせてもらえたら、十分お腹いっぱいでした(笑)

    しかし、最近のオケの世界って、大曲志向がすごすぎるもんだから、もはやベートーヴェンの交響曲なんて、さすがに小曲とまでは言われないまでも、「演奏会のトリにしては軽い」とか言われたりしかねない時代になりましたね・・・。




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    レビュー | 00:22:01| Trackback(0)| Comments(0)
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