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タテラッツィ

  • author: タテラッツィ
  • 観たもの触れたもの、マンドリン音楽活動などについて、書いていきます。

    【告知】
    マンドリンオーケストラ“未完成』第11回演奏会
    2011年2月27日(日)浜離宮朝日ホール音楽ホール
    13時30分開場、14時開演
    シューベルト「未完成」、クルト・ヴァイル「小さな三文音楽」ほか。
    入場無料です。

    リベルテマンドリンアンサンブル2枚目のCD発売中!
    マンドリンオーケストラ編曲の最高峰と、新たな世界を切り拓いた委嘱作品を収録。

    指揮:中川賢一(Ken'ichi Nakagawa)
    マンドリン独奏:望月豪(Go Mochizuki)
    演奏:リベルテ マンドリン アンサンブル
       リベルテ マンドリン オーケストラ

    ご購入・お問い合わせはduende-juergaあっとまーくezweb.ne.jpまで!
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    痴漢冤罪
    【ただ今のBGM】
    大人になりましょう(ピチカートファイブ)

    アルバム「女性上位時代」から




    小西康陽はやっぱりサイコーです。
    いつの時代でも古さを感じることなく聴けそうなピチカートファイブのサウンド。
    そういうこと言ってるの自体、トシなのかもしれんですけどねん。


    <柳沢厚労相>子ども2人以上「健全」発言、新たな波紋

     「女性は産む機械」と発言し釈明に追われている柳沢伯夫厚生労働相が、6日の記者会見で「2人以上子どもを持ちたい若者」を「健全」と表現したことが波紋を広げている。首相官邸は問題視しない構えだが、野党側は「子どもが2人以上いなければ不健全なのか」と一斉に反発。柳沢厚労相の辞任を求める動きがさらに勢いづいており、国会審議の正常化を前に新たな火種となる可能性もある。(毎日新聞)


    「女性は産む機械」、もし明日ワタクシが職場でこれ言ったら、どうなっちゃうんでしょうね?
    トイレから自席戻ったら、イスに画鋲が、そして、机に菊の花が、、、なんて漫画チックなことすらしてくれず、きっと即座に、「居るけど(実質)居ない人」扱いに格付けされること請け合いです。

    もう「サイッッッテー!」とすら言う気力を失ってしまうこの失言、しかしここまで来ると、政治家連中は実の所、確信犯で失言を重ねているのでは?という勘ぐりすらしたくなります。

    どういうことかと言うと、

    昔:マグニチュード3くらいの失言でも大問題。政治家は発言に対して慎重だった

    今:マグニチュード7くらいの失言が日常茶飯事
           ↓
      感覚が麻痺してきている
           ↓
      あまりに刺激的な失言が多いもんだから、マグニチュード3や4くらいの失言では、誰も眉をひそめなくなってしまった

    という図式を意図的に数十年かけて作り出そう、というフリーメーソンもビックリの陰謀物語があるんじゃないか?
    いやー、そうとでも思わなければ、やってらんねー!って思うわけですよ、この末世においては。

    まあしかし、そうは言っても、今の世は、女性の方が強い感もありますよね。


    というわけで、男はつらいよ、な映画を観てきました。
    (今回はネタバレ度やや高め)

    昨日書いた「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」同様、これもまた、「最近の邦画=娯楽映画度が高め」という時代の風潮に反したシリアスなものですが、「エリ・エリ~」とまったく違うのは、観る人を選ばない、親切かつ完成度の高い作り込み方がなされている点(「エリ・エリ~」は主要キャストの名前からは想像も付かないほどのカルト映画ですんでね)。

    ボクはやってない」【94点/100点満点】

    カテゴリ : ドラマ
    製作年 : 2007年
    製作国 : 日本
    時間 : 143分
    公開日 : 2007-01-20~
    監督 : 周防正行
    出演 : 加瀬亮 役所広司 瀬戸朝香 山本耕史 もたいまさこ 田中哲司 大森南朋


    1001400_01.jpg


    (Gagaより)

    法廷で追求されるのは果たして真実なのか

    大事な就職の面接を控えた日の朝、大勢の通勤客に混じって満員電車から駅のホームへ吐き出されたところを痴漢に間違われ現行犯逮捕されてしまった金子徹平。連行された警察署で容疑を否認すると、そのまま拘留される。その後も一貫して無実を主張するものの、結局は起訴される事に。徹平の無実を信じる母や友人・達雄の依頼でベテランの荒川、新米の須藤の二人の弁護士が徹平の弁護を引き受け、いよいよ裁判が始まる…。


    恐ろしいです。現代社会に生き、電車を利用する全ての成人男性が、この映画の主人公みたいになる可能性を潜在的に秘めていることが。

    「Shall We ダンス?」の周防正行監督が痴漢冤罪裁判に注目し11年ぶりに放つ新作ですから、観る前から期待は当然大きかったわけですが、とりあえず、作品の完成度という点では非の打ち所ナシ。
    細かい所まで超リアル。

    俳優陣も、もともと大好きな俳優がたくさん出ている(特に役所さん、小日向さん、本田博太郎さん、サイコー!)し、そのアンサンブルを率いる指揮者が周防監督ですから、もうこれは、「カラヤン指揮ベルリンフィル」みたいなもんです。ベタに言えば。
    もっともクラシック音楽で言えば、この映画の演じられ方は、オーケストラというよりは室内合奏団クラスで、演奏者が目立つソロを弾くのではなく、アンサンブルの中から「おっ、ここの部分のフルート、いい音だねぇ~」みたいな玄人好みの感想を引き出させる、そんな風です。

    主役の加瀬亮という俳優、童顔ですが自分と同い齢なんですねぇ。
    ってことは、ゴジラ松井も同級生なんですよ、ありえねー・・・(って、自分をどこのポジションに置いてるつもりですか?)

    あーあと、お母さん役のもたいまさこさんも素晴らしかったです。本当に心配する母の顔してました。自分が病気で入院してたとき、うちのオカンもあんな表情してたなぁ、なんて思いながら観てましたもん。

    この映画への不満と言えば、キャストたちの生活感がいまいち感じられないというか、監督があえて確信犯的に、通常のドラマならば付き物であるキャストたちのバックボーンの紹介を省いた撮り方をしている所。

    あくまでも、「日本の裁判システムへの抗議」、ここにあらゆるパワーを結集させ、映画を観る者の注意力を他へ向けさせることなく、話が進行していきます。
    主人公の「元カノ」の存在でさえも、「被告人を応援する側にも若い女性(=痴漢被害に遭いかねない存在)が1人くらい必要だろう」という視点から組まれたキャスティングのようで、だからそこから復縁だとか、そういうドラマが膨らむ方向には一向になっていかないのです。

    これは映画を観る側もそうですが、主人公の被告人を応援する役からしてみても、この元カノの鈴木蘭々を始めとする女性たちは、やっぱり同性として、痴漢被害者の方にも共感・同情する想いがあるんじゃないかなって思うんですよね。実際、瀬戸朝香扮する駆け出し女弁護士なんか、そういう旨の発言を劇中でしていました。

    痴漢冤罪っていうのは、このサイトなんか見ると、わざと男性をハメて金かせぎをしようという悪どいものもあるようですが、このドラマの場合、どうやらそれはなくて、あくまでも被害者の女性はいて、誰から痴漢されたのかわからない、という状態なんですね(ネタバレになりますが、カバンが当たってただけ、という線が一番強そうではありますが)。
    だから女性としては「痴漢冤罪、ふざけんな!とばかりは言ってられないわよ。だって、アタシも痴漢されたことあるし・・・」みたいな感想も同時に持ちうるんじゃないか、と思います。

    男性にしても、「自分さえ難を逃れられればどうでもいい」という意識が働くのかな?と思いました。
    というのも、これは監督はワザと仕組んでいるんだと思いますが、加瀬君扮する主人公は、「ボクはやってない」を連呼する中で、「左後ろの太った男が怪しい」と言ったり、「ボクのカバンが当たっただけでは?」と言ったり、供述がまちまちなんですね。
    結局、「ボク以外なら、誰の・何の仕業だって構うもんか」という視点をこの主人公自身が持っていることになり、それは別の機会に、この主人公自身も無実の他人を谷底に突き落としてしまう危険性を内包する1人なのかもしれない、ということを想起させます。

    また同時にこの映画には、本当の意味での「悪役」が1人もいません。

    小日向さん扮する後の方の裁判官の小憎たらしさったら、天下一品ですが(さっすが小日向さん!)、彼もまた自身が信ずる裁判のあり方に忠実なだけの男なんです。
    そんな人間は現実にもいっぱいいます。

    アウシュビッツの看守たちは、家に帰るとモーツァルトのレコードをかけつつ子供たちとゆったり一家団欒してたりしたそうですが、そういう怖さと同一のものかどうかはわからないけれども、自己を良心的だと思ってやまない人間もまた、ある何かしらのシステムに組み込まれることで、とてつもない罪を犯す可能性だってあるということです。
    だからこそリアルで怖い。

    映画の最後で主人公が(心の中で)つぶやいていた言葉がとても印象的でした。
    ネタバレをし過ぎぬよう、引用は控えますが、この時の言葉、もしかしたら、かつての私を落ちこぼれ法学生へと仕向けた、法治国家の限界点を暴いた決定的なひと言に近いかもしれません(と、不勉強だった自分の法学部生時代の弁護人まで務める、殊勝な30代のワタクシ)。

    この映画に自分は「94点」を付けました。
    これは、「10本に1本くらい」な点数ですが、でも何故95点超にならなかったかというと、それはもう、純粋に好みなんですよね。
    自分の映画の好みは、この映画みたいなリアルなものじゃなくて、むしろ「大人の御伽噺」とでも言うべき、非現実的で、どこか夢の中にでもいるかのような、そういう幻想的なもの。
    いきなり空間が飛んじゃうような、理屈で説明できない映画も大歓迎です(笑)

    そんなわけで、「自分の好みではない映画」の中で付けられる最高点としての「94点」ということでした。

    いやー、これ、「娯楽映画」じゃないから、これを観て、映画として俳優がどうこうっていう話をしてても仕方ないと思うんですよね、ほんとは。
    痴漢冤罪→日本の裁判システム→ひいては、日本社会のあり方そのものについて、考え直すきっかけとしたいと思います。

    周防監督の狙いもそこですね、今回は完全に。

    行き過ぎた個人主義の是正などと言って、管理社会にしようとしている昨今の社会風潮に対する抗議なのかもしれない、と考えるのは行きすぎでしょうか?

    いずれにしましても、故・伊丹十三氏の映画(「お葬式」とか「マルサの女」とか)のような、テーマよりもそこに織り成す人間模様を描いた映画なんかとは真逆の、本当に裁判自体を描くための映画なのでした。

    ですが、これから観る方へ!

    なにしろ周防監督ですから、ぜったい退屈はしないですし、シリアス一辺倒でないユーモラスな視点が奥底にはちゃんとありますんで、ご安心を。







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    映画 | 00:03:33| Trackback(0)| Comments(0)
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