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タテラッツィ

  • author: タテラッツィ
  • 観たもの触れたもの、マンドリン音楽活動などについて、書いていきます。

    【告知】
    マンドリンオーケストラ“未完成』第11回演奏会
    2011年2月27日(日)浜離宮朝日ホール音楽ホール
    13時30分開場、14時開演
    シューベルト「未完成」、クルト・ヴァイル「小さな三文音楽」ほか。
    入場無料です。

    リベルテマンドリンアンサンブル2枚目のCD発売中!
    マンドリンオーケストラ編曲の最高峰と、新たな世界を切り拓いた委嘱作品を収録。

    指揮:中川賢一(Ken'ichi Nakagawa)
    マンドリン独奏:望月豪(Go Mochizuki)
    演奏:リベルテ マンドリン アンサンブル
       リベルテ マンドリン オーケストラ

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    「最後の最後まで頑張ってました。」
    【ただ今のBGM】
    レクイエム(フォーレ)

    ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ室内合唱団


    表題は、本日13時09分に私の妹から届いた携帯メールの文面です。

    これまでに何度かご紹介した私の祖父@母方が、今日(4月24日)13時15分に永眠しました。
    永眠したのより先にメールがあったのは、医学的には15分が永眠ということだが、心電図は13時09分頃にはもう波形のない横一線状態だったらしいです。

    享年92。

    ちなみにこの祖父の名は「敬三」。

    そうです、私の本名をご存知の方はすぐおわかりになると思いますが、私はこの祖父から名前を1文字もらっているのです。

    父方の祖父は私が生まれる前に亡くなっているので、私にとって「おじいちゃん」と言えば、この母方の祖父を指します。

    尊厳ある死を望み、無茶な投薬などはせず、また、最後の最後になっても心臓マッサージはしなかったそうです。
    こういう所がこの人らしい所です。
    人間らしく生きられないくらいなら死んだほうがマシだ、と言っていました。プライドが高い人なんですね。

    ところで、「心臓マッサージはしなかったそうです」の「そうです」というのはつまり、私は祖父の死に目に立ち会うことができませんでした、ということです。

    昨日の深夜、我が家に1本の電話がありました。

    祖父の入院していた東京の三田にある病院から、「ご家族の方を呼んでください」という内容の電話が長女の家に入ってきたとのこと(我が母は末っ子)。

    急遽私の運転するクルマで深夜の病院に駆けつけ、そのまま朝方まで祖父の病室に滞在。
    少し呼吸が荒くなり、酸素マスクを付けている状態の祖父と対面しました。

    しかし、あくる日の今日、自分はここん所続いていた研修講師の最終日と、会議や打ち合わせといった仕事が入っており、どうしても休むことができなかったので、明け方家に一時帰宅して、1時間ほど寝てそのまま出勤。

    午前中に会議、そして昼から打ち合わせをしている最中に私の胸ポケの携帯電話がブルブル震えていたのがわかり、「あ、これはきっと、、、」と思っていたら、案の上、そうでした。

    妹のメール、「亡くなりました」とか「永眠しました」といった直接的な表現を避け、「最後の最後まで頑張ってました。」という表現。
    我ながらなかなか出来た妹だと思いました。

    他の仕事はともかく、研修の最終日、これだけはどうしても他の人では急遽のピンチヒッターはできません。

    なにしろその分野の仕事を専門に担当しているの、ウチのカイシャの中では自分1人なものですから、、、。

    祖父が永眠した直後の研修ということで、自分の頭がうまく整理できぬまま研修へ突入。

    しかし、今日は生徒さんに救われました。

    反応がとても良く、こちらが撒いた小ネタをことごとく拾ってくれるもんですから、実に話しやすかった。それを全部スルーされると非常にツライものがあるんですけどね。

    もう同じテーマで6回も研修をしているので、今回はほとんどノー原稿のアドリブ語りでした。

    思いつくまま話していたら、いつしか「尊厳ある死を選ぶ権利」なんてことを話してしまっていました。

    そして私の祖父が永眠した話も。

    つい先ほど祖父を亡くした人間が、どうして俺たちの前にニヤニヤ突っ立ってしゃべってんだ??

    生徒さんたち、そういうことをきっと考えてるんだろうな、という顔をしていました。

    そして、研修終了後、祖父の亡骸が祖父の家(東京都中野区)へ帰っているというので、そこへ向かいました。

    到着すると、布団に寝た祖父がいました。

    生前となんら変わらない姿。

    声をかけ続けたら、いきなり目をくわっ!と開いたりしそうだな、と思うくらい、最後の1~2年の祖父と全く同じでした。

    この瞬間まで自分は一滴の涙も流していませんでした。
    ひょっとして自分は冷血人間なのか?と思うほど。

    しかし、ここで怒涛のような涙が。

    ポタポタ床にまで垂れるほど。

    両親や妹の前で自分は絶対に泣かないようにしてるんですが(恥ずかしいので)、この場にあって、そんなことはどうでも良かった。

    でも、そこでもう1つあったのが、

    「死に目に会えなかったこと」

    仕事のために自分の血族の中で一番尊敬している祖父の死に目に会うことさえできないのか。。。

    聞いた所によると、祖父の孫で死に目に会えなかったのは、自分だけとのこと。

    私は傍にいた祖母に「ごめん、ごめん、本当にごめん」と何回も繰り返していたようです。

    仕方ないんだけど。でも世の中、仕方ないでは割り切れないこともあります。

    92歳の大往生とは言え、ずいぶんと悲しい気持ちで帰宅した所、家の留守電にメッセージが1件。

    なんと、今度は父の従兄弟が突然死したとのこと。
    父の従兄弟というと、血縁的に私からは遠い感じもありますが、この人、父と同じ年で、しかも同じ小中学校。
    幼馴染だったんですね。
    というわけで、なんだかもうよくわからない状態になってしまっております。

    そもそもここ最近、これでもか、これでもか、というくらい悲しいことばかりが起きる。

    私にとって、今の所、2007年は絶望の年です。

    しかし、この祖父らしいなーと思った1つのエピソードがありました。

    「葬儀マニュアル」というのを数年前に自作してたんです。

    斎場の選定はもちろんのこと、出す料理のコースと数、呼ぶべき人の連絡リスト、葬儀の人員配置などなど。

    葬儀屋に見せたら、「こんな人はじめてです」と言っていたそうです(笑)

    こういう所が凄いなーと思って私はこの祖父をいつも畏敬の念で眺めておりました。

    ちなみに私の葬儀における担当は、祖父の筆跡ではっきりと「案内係」とありました。
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    日記 | 00:25:38| Trackback(0)| Comments(3)
    コメント
    初めまして。
    初めまして。いつも拝読させていただいております、こげめがねと申します。

    おじい様の事、ご愁傷様です。
    こころからご冥福をお祈り申し上げます。

    私は、今年の始めに父親を亡くしました。
    自宅での、ひっそりと寂しい孤独死で、死因も死亡時刻も分からないと言われました。
    私の母も、30年以上前に他界しております。

    両親とも、私も妹も、死に目に会えませんでした。
    いくら「あの状況ではしょうがなかった」と自分を納得させようとしても(納得しなければ前に進めない、と思い)、後悔は残ったままです。

    葬儀関係も相続関係も、全ての仕事を終えて、あとは供養してゆくだけになりましたが、未だに無性に寂しさを覚えるときがあります。

    「千の風になって」という歌をご存知だと思います。
    遺された者達にとって、慰めとなってくれる歌。
    眠ってるんじゃない、死んだんじゃない、風になって大空を吹き渡っているんだ、というメッセージで救われました。

    2007年は、私にとっても忘れられない年になりました。

    生き残った者達である、私達は、故人の遺徳を偲び、故人の想いを受け止めて、強く生きてゆかねばならないな・・・、そう思います。

    未だこころの整理が付かない状態だろうとお察しします。
    そんなときに、こんなメール送りつけて・・・、失礼かとも思いましたが、ついメールしてしまいました。

    時は名医です。
    時が経てば、全ては思い出として浄化されてゆくと思います。
    私が、そうでしたから。

    改めて、おじい様のご冥福をお祈り申し上げます。
    では。
    2007-04-25 水 08:51:41 | URL | こげめがね [編集]
    大変でしたね。
    ご愁傷様です。

    残された者は色々心の整理が大変だと思いますが、
    孫にそんなに大切にされたおじい様はさぞ、お喜びでしたでしょう・・・・
    お身体に気をつけて日々をお過ごし下さい。
    2007-04-25 水 20:56:23 | URL | clover [編集]
    こげめがねさん、cloverさん
    心あたたまるメッセージをどうもありがとうございました。

    「時は名医」

    よく聞く言葉ではありますが、今ほどこの言葉の力を信じたくなる時はありません。

    いろいろ悔やむ所はあるのですが、その1つに「死に目にあえなかったこと」があります。
    このことはもう一生、取り返しが付かないんですよね。。。

    とにかく今、自分が祖父から受け取るべきメッセージは「前へ進むこと」なのかと思うので、日々の生活を一生懸命やっていく他はないのかなと思います。

    cloverさん

    心の整理、できないですねえ。
    自分でもどうして92歳のお年寄りの死去で、こんなにボロ泣きしまくってるのか、理性的な所では把握できてません。

    大往生だろうがナンだろうが、悲しくてしようがありません。。。

    しかし、祖父はもうほとんど自分の人生に悔いはなかっただろうと思います。そんな祖父を自分は誇りにして、前へ進んでいこうと思います。あと、せめて残された祖母を大切にしていきたいと思います。それも祖父への供養になるはずですから、、、。
    2007-04-29 日 00:04:37 | URL | タテラッツィ [編集]
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