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タテラッツィ

  • author: タテラッツィ
  • 観たもの触れたもの、マンドリン音楽活動などについて、書いていきます。

    【告知】
    マンドリンオーケストラ“未完成』第11回演奏会
    2011年2月27日(日)浜離宮朝日ホール音楽ホール
    13時30分開場、14時開演
    シューベルト「未完成」、クルト・ヴァイル「小さな三文音楽」ほか。
    入場無料です。

    リベルテマンドリンアンサンブル2枚目のCD発売中!
    マンドリンオーケストラ編曲の最高峰と、新たな世界を切り拓いた委嘱作品を収録。

    指揮:中川賢一(Ken'ichi Nakagawa)
    マンドリン独奏:望月豪(Go Mochizuki)
    演奏:リベルテ マンドリン アンサンブル
       リベルテ マンドリン オーケストラ

    ご購入・お問い合わせはduende-juergaあっとまーくezweb.ne.jpまで!
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    アーノンクールのメサイア
    【ただ今のBGM】
    合奏協奏曲Op.6-10より(ヘンデル)

    アーノンクール指揮ウィーン・コンツェルトムジクス


    平日演奏会、11月の第2弾です。

    ちなみに今月は第3弾まで予定されております。

    ヘンデル:オラトリオ『メサイア』

    ユリア・クライヤー(ソプラノ)
    ベルナルダ・フィンク(アルト)
    ウェルナー・ギューラ(テノール)
    ルーベン・ドローレ(バス・バリトン)

    アルノルト・シェーンベルク合唱団

    ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン

    2006年11月21日(火)サントリーホール


    ピッチはA=421Hz

    (これって、442や440からしてみたら、ほぼ半音近く低いってことですかね?←仕組みがよくわかってない発言・・・)

    アーノンクールという指揮者、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートでも2度ほど登場してますし、最近ではかなりメジャー化してるのではないでしょうか。

    しかし、彼の音楽を本当に心底、「イイ!!」と思って聴いてる人って、どれくらいいるでしょうかね。

    冒頭に挙げた「合奏協奏曲」の作品6-10。

    これなんか自分は演奏したことがあるもんで、聴いていると、細部までどういう解釈が施されているのかよくわかるのですが、はっきり言ってヘンです。

    なんだか、いつも指揮者が常に癇癪起こしてるんじゃね?って思うくらいに、フレーズの呼吸間が短くて、やたらにアクセントが付いていて、とにもかくにも、自分が知っている曲であればあるほど、聴いていて感じる違和感が大きい、というタイプの指揮者だと思いますね。

    しかし、本当はそうではないのでしょう。

    奏者たちが原曲を勝手に解釈し、慣習で奏法を決めてしまっている箇所なんてのは、クラシックの場合、いくらでもあるんだと思います。

    聴く側もそれに慣らされていて、不慣れな解釈・奏法に出くわすと、途端に拒絶反応を起こす、ということが横行しているように感じます。

    かつての大指揮者チェリビダッケなんかもそうかもしれませんが、このアーノンクールという指揮者も、有名曲を振ったとしても、世間一般の思っているその曲の印象とは全然違う形で再構成するタイプではないでしょうか?

    奏者の先入観とは違う、何か独特の曲に対するイメージがあるようです。

    というわけで、このアーノンクールの「メサイア」、有名な「ハレルヤ」では指揮者が跳ねそうなほど乗ってくるわ、チェロの通奏低音が魅力的過ぎて「こんなに参考なるんだったらリベルテ本番前に聴いとくんだった!」と思ったることなど、いろいろ感じる所はありましたが、とりあえず大満足ですね、いま。

    ぜんぶで3時間の長時間公演でしたが、ちょっと疲れて緊張感がなくなったりしてたのは、むしろ最初の1時間。

    後になればなるほど、身を乗り出して聴いてました~。


    レビュー | 02:20:33| Trackback(0)| Comments(3)
    バトルトーク(?)
    【ただ今のBGM】
    弦楽のためのディヴェルティメント(バルトーク)

    ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団




    アメリカの楽団は金管がいい!

    と言いますが、弦については、ボストン交響楽団が「弦のボストン」と言われる程度で、基本的には、弦楽器については、ヨーロッパの足元にも及ばない、というイメージがあります。

    シカゴ交響楽団って、クラシック好き以外にはあまり知られている楽団ではないですが、一応「世界の3大オーケストラ」の1つとされています(あとの2つは、ベルリンフィルとウィーンフィル)。

    でもこの「弦楽のためのディヴェルティメント」なんか聴いてると「ほんまかいな??」という疑義がフツフツと。

    ブーレーズがかなり老いた後の1990年代以降に録音され始めたドイツグラモフォンとの演奏は、どれもこれも、スケール感や刹那的な美を求めるがあまり、リズムなどの細かい「決め」の部分が弛緩してしまっており、ブーレーズの美徳であろう「精緻で厳格な美しさ」みたいなものは、むしろガンコな老人の偏屈のようにしか聴こえなかったりも。

    しかしまあ、管楽器の入る曲はいいでしょう。

    サイアクなのが、この弦ばかりの曲。

    完全に「死に体」の音楽なんですよね。勢いだとかそういうものがない。

    いや、これは「ない」なんてものではないですね。完全に確信犯でしょう。

    むしろ「勢いなんてないない!」ということ自体が目的。

    「これは音楽などではない。音響なのだよ。」

    とでも現代音楽の巨人ブーレーズ氏は言いたいのでしょうか?

    オケの特質とある意味で合っているよう。

    音が響く瞬間ごとの結晶のような美しさに全精力を傾けているがあまり、音楽が前に進むとか、停滞するとか、そういうヨコのベクトル付けにまったく関心が払われていないような印象を受けました。

    まあこの「ヨコのベクトル付け」というロマン派的思考をバルトークに対して盛んに求めるのもお門違いなような気もしますね。

    ちなみにこの「弦楽のためのディヴェルティメント」だったら、シャンドール・ヴェーグが指揮をした演奏が、マイ・ベストですね。

    売ってるかわかりませんけど。。。


    レビュー | 01:26:33| Trackback(0)| Comments(2)
    イアン・ボストリッジ テノールリサイタル
    【ただ今のBGM】
    「冬の旅」より(シューベルト)

    ボストリッジ(テノール)アンスネス(ピアノ)




    平日に時間ができるようになりまして、いつ以来だか覚えてないくらい久々に、「平日コンサート体験」してきました~。

    イアン・ボストリッジ テノール・リサイタル

    ピアノ:ジュリアス・ドレイク

    東京オペラシティコンサートホール

    曲目:

    シューベルト「冬の旅」より12曲

    ブリテン「冬の言葉」(全8曲)

    アンコール(3曲)
    シューベルト:月の寄せて
           野バラ
           別れ


    ボストリッジは、

    「テノールぅ??自分、オペラっぽい歌い方ニガテなんだよね。だからクラシックは器楽しか聴かない。歌聴くなら、ロック&ポップでしょ!」

    って思っている方(ここの読者層には結構多いのではないかと想像)に「こそ」聴いてほしい人です。

    正しくはこの人、オペラはあんまりやらなくて「リート」という歌唱モノを中心にやってる人なんですね。

    彼の端正でちょっと神経質そうなルックスは世の腐女子もとい婦女子(最近これ多いな)を虜にし、さらにそのリリックな歌声は、ルックスだけなら反感をも持ちかねない野郎どもをさえ、すっかり魅了してしまいます。

    チラシには「卓越した感受性が織り成す 耽美なテノールの世界」だなんて書いてありますが、ほんと、これがまさにそんな感じ。「そのとーり!」と、どっかの昔の芸人っぽく(誰?)太鼓判押してあげたい感じでした。

    聴いてる間、完全に彼岸まで連れてかれちゃいましたね。

    そんな音楽家はどの楽器、歌を合わせたって、そうそういるもんじゃない。稀有な天才の営みに今自分は立ち会えてるんだな、なんてことを演奏中に思いました。

    普段、クラシックの歌モノを聴きに行くことなんてまるでない自分は、正直に言いますと、途中で睡魔に恐れてウトウト・・・zzzというのを少し心配していたんですが、すっかり没頭というかノックアウトというか、入り込んでしまいまして、そんな危惧はまったく無用でしたよ。

    ちなみに休憩中にロビーで見かけた、日本でおそらく一番有名な(?)音楽評論家某U先生、超ゴキゴンな顔付きでお仲間と談笑してましたよ。きっとどこぞの雑誌か著作上でボストリッジのこと書くでしょうね(たぶん既に何度も書いてるでしょうけど)。

    ボストリッジの歌、それは、わかる人しかわかんない表現で言えば、

    「完成版・望月豪」

    みたいな。

    楷書か行書か草書か、で言ったら、超草書でしょう。

    望月君もよく、「演奏中は五線譜の拍とかそういうのはほとんど意識してない」と言ってますが、ボストリッジもインタビューでこう言っています。

    「シラブル(音節)に気を使うよりも、スタイルや表現方法に心を砕くほうが重要だと思います。」

    と。

    そして、この人、毎日、まるで違う解釈を取るのだそう。即興の人なんですね。

    その日その時に感じたことをそのまま音にしようとする。

    あーこれもかなり望月君っぽい(いい意味でですよ、もちろん)。

    こういう行き方は往々にして伴奏者泣かせなもので、リベルテではある伴奏者T氏(32歳・独身)は涙目だったというリットン調査団報告もありますが、このピアノ伴奏者ドレイク氏、すげーです。完全にボストリッジと一体化してるんじゃねえか?ってくらいピッタリ付けてました。

    よく、優秀な音楽家は自分が今そのとき演奏している部分の少し先の展開・テンポ感を予測して入るといいますが、まさにそれが超高度な水準でできている感じがしました。

    しかし、シューベルトの「冬の旅」、いいですなー。

    真冬に失恋した男が悲嘆に暮れ、嘆き、そのうちそれが死への憧れへと転化していくという内容の歌曲なので、完全に内向きも内向きベクトルの音楽なんですけど、「祭り」が一段落し、結構ひそやかな冬を迎えつつある自分なんかには、結構しんみり響くものがあります。

    まあとにかく、ボストリッジ、ヨーロッパでいま、最もチケットを入手しにくい歌手だそうですけど、幸か不幸か、日本では「リート」なるジャンルはまだまだ未知の領域のようで、今日のオペラシティも、客の入りはせいぜい7割って所でしたから、チケットはまだある筈!

    しかも、今回は「水戸室内管弦楽団」との競演では、現在世界最高のホルン奏者にして、50年以上前に大活躍した伝説のホルン吹き「デニス・ブレイン」の再来とも言われるベルリンフィル首席ホルン奏者バボラック氏が来るようです!

    「世界で一番美しいテノール」と「世界で一番うまいホルン」が一同に会する貴重な演奏会、これから水戸・鎌倉・福岡で行われるようですので、お近くの方は行ってみる価値ありですよ~!


    レビュー | 01:12:57| Trackback(0)| Comments(0)
    ここはダリ?私はどこ?
    【ただ今のBGM】
    「冬の旅」より(シューベルト)

    ディートリヒ・フィッシャー・ディースカウ(バリトン)

    ジェラルド・ムーア(ピアノ)




    今日は急に寒くなりまして。

    コンビニで一直線に「あたたかい飲み物」コーナーへ向かったら、同じ動き方してる人が他に複数いて、ぶつかりそうに。。。

    みんな同じこと思ってたんだな、と思いました。

    温かいの買うと、とりあえず飲まずに手を温めるのが好きです。

    そんな寒さを感じたのも、自分としては今年は今日は初めてでした。

    手袋まで付けちゃうと、手で物を掴みにくくなるので、よほどの寒さでない限り手袋は付けたくないですね(ってか、まだまだ全然そんな寒さまで行ってないけど)。

    11月中旬から12月前半、この季節って、まだまだ「年末だ!」「クリスマスだ!」って言うには早過ぎるし、秋の風物詩的なものも一段落付いて、ちょっとばかし、寂しい季節だなと思います。

    特に、ここ3年、リベルテの演奏会が11月にあるようになってからは、それが終わって、次の“未完成』(2月)まではまだ少し間があるので、ちょっとぽっかり空いた感じがするんです。

    仕事も今の部署は、1年の中で11月が一番ヒマなんですよね(今年は昨年、一昨年よりは少し仕事が増えてますが。。。)

    そんな日々にピッタリな音楽と言ったら、もうこの「冬の旅」っきゃないでしょう!

    中でもフィッシャー・ディースカウのバリトンは、張りのあるスケールでかい声なのに、感情表現がきめ細かで、「Mrパーフェクトマン」の称号を与えたいほど(なんじゃそら)。

    実は今こうして聴いているのは、今度、ボストリッジっていう歌い手(こちらはテノール)の「冬の旅」のライブに行くからなんです。

    ディースカウとはまるで傾向の違う歌い手(何とも形容しがたい個性的な声の持ち主、ていうかそもそもテノールだし)ですが、いま、ヨーロッパじゃこのボストリッジ、

    「最もチケットを入手しにくいクラシック演奏家の1人」

    なのだそうで、ただでさえマイナーなクラシック音楽の中でも一番マイナーなジャンル(?)のリートの世界の人でここまで脚光浴びるのがスゴイな、と。

    bostirige.jpg


    この画像にありますように彼は確かに甘美というか太宰治的?アンニュイなルックスをしており、さぞかし腐女子もとい婦女子には人気の御仁なのだろうと推察されますが、彼の場合、声そのもので、「新3大テノールの1人」と呼ばれる実力を持っています。

    と言っても、パヴァロッティなどのような派手な声ではまるでなく、めちゃくちゃきめ細やかな声なんですけどね。

    そんなボストリッジの演奏会のほか、今月はいくつか楽しみな演奏会があります。


    -------------------------------------------------------------

    ところで、本日の標題にありますように、上野の森美術館で開催中の「
    ダリ回顧展」へ行ってきました。

    「意識の介在から解放された夢の中(無意識)にこそ、我々の普段気付かない現実(超現実)が存在する」

    わかったようなわからないような。

    いや、こういうのって、実際あるんだろうな、とは思いますが、理屈っぽいワタクシが思った1つの疑問。

    「どうしてダリは、【我々が普段気付かない超現実】に気付き、絵画化することができたの?」

    まあ「天才の成せる業」ということでしょうか?

    それとも、「こういう超現実がきっとあるに違いない」という推測で描いているのでしょうか?

    ていうか、こんな子供レベルの疑問は、ちょっと頭のいい人がすぐ、腑に落ちる解説してくれれば、「ちゃんちゃん!」ってなるケースが経験として多いんですよね。

    なので、どなたか解説してください~。

    それ以外では、

    ・ダリって「面白絵画を描く哲学者」といった認識だったが、今回の展示は彼の親や妻など、彼の人生を追いかけた展示内容で、「人間ダリ」を感じることができた

    なんてことを思いました。

    あーあと、ちなみに某mixiにも書きましたが、人多すぎなので、土日行くなら午前中がいいと思います~。

    美術館って人多いと、辛すぎます。

    2重3重の人垣の中で後ろから観ても、目の悪い自分は細部まで見通せないんですよね・・・。

    欧州の大美術館では時に発生する

    「いま、この部屋にはオレ様しかいない!」

    という状態まではさすがにムリでも、

    「いま、この絵はオレ様とせいぜい連れくらいしか観てない!」

    という状態くらいは作りたいものです。






    レビュー | 01:54:26| Trackback(0)| Comments(2)
    クァルテット・エクセルシオ(≠エクセルシオール・カフェ)
    【ただ今のBGM】
    弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」(ヤナーチェク)

    ハーゲン四重奏団




    クァルテット・エクセルシオの定期演奏会を聴いてきました。

    2006/11/11(土) 18:00 東京文化会館小ホール
    モーツァルト:第6番 変ロ長調 KV159
    ヤナーチェク:第2番「ないしょの手紙」
    ベートーヴェン:第10番 変ホ長調 op.74「ハープ」


    往年の名カルテット・巖本真理四重奏団以降、ここ数十年ついぞ現れない、東京を本拠地とする常設の弦楽四重奏団(プロ)。
    このクァルテット・エクセルシオは、その困難に挑戦している、若手から中堅に差し掛かった世代の四重奏団だそうです。
    結成から12年ほど経過しているようです。

    今回たまたまウェブ上でこのカルテットの演奏会を知り、選曲が魅力的だった(もっぱらヤナーチェクですが、「ハープ」も他の曲との相性がいいように思え、プログラミングにセンスを感じた)もので、急遽、当日券で聴きました。

    初めて聴くこの四重奏団。

    いや、実はこのところ、自分の演奏の方で必死こいてたせいで、プロアマ・ジャンルを問わず、他の人の演奏というもの自体、もう2か月くらいも聴いてなかったんですよね。

    久々の演奏会ということで、実は最初のモーツァルトは半分くらい居眠りしてしまい。。。

    でもね、これ、かの「世界の小澤」(あまり好きでもないクセにこういう時だけ急に持ち上げるww)も言ってましたが、演奏会の最中に居眠りするほど、幸せな瞬間もそうそうないですよ。いや、ほんとに。入場料もったいないけど。眠っていても、ちゃんと聴いてますしね(ウソつけーー!!)

    白眉はヤナーチェクの「ないしょの手紙」

    特に、終楽章。

    この曲、映画「存在の耐えられない軽さ」であちこち使われてるんですよね。

    この映画、他もなかなかBGMがオススメですので、映画を一通り観たことある方は、ぜひサントラもゲットしてみてはいかがでしょうか?

    観てない方はDVDが安いので、ぜひ~(レンタルも大きめなツ●ヤならあることでしょう)

    映画は、タイトルのイメージほど難解ではありません。

    ノーベル文学賞作家のミラン・クンデラの作品を映画化したものです。

    とか書くと、ますます身構えられそうですが、いや、本当に全然苦渋なもんじゃないです。この映画の空気感は、「ある時代」においては、スタイリッシュでもあったことでしょう。

    冒頭に揚げたハーゲン四重奏団の演奏は、バルトークなんかでもそうですが、例の「電動ハブラシ状態トリル」が、上手いけど激しくやり過ぎて怖っ!って感じなんですが、エクセルシオについては、ほど良く抑制が効いていて心地良かったです。

    そうですね、何もかもが心地良かったです。

    「第1楽章でピチカートが多用されるから」という理由で付けられたベートーヴェンの「ハープ」についても、「中庸の美」とでも言うべき安定感がありました。

    いいアンサンブルだな、と思いました。

    もちろん、アマチュアと比べて、とか、マンドリンと比べて、とか、そういうのじゃないです。

    そもそも自分は「弦楽四重奏」というものに関して、基本的に、プロしか聴いたことないです。

    それもほとんどヨーロッパとアメリカの。
    日本のは1つ2つ聴いたことがある程度です。

    弦楽に関しては、上手い上手くないという次元の前に、どうしても、その音色について、ヨーロッパのオケ・アンサンブルに魅力を感じます。

    本当に、プロとしては最底辺クラスの、人口10万もいない田舎町のオケとかでも、ヨーロッパの楽団・アンサンブルは、N響や新日本フィルが逆立ちしても出せないような音を出すんですよね。あれはナンなのでしょうか??

    たぶん、差としては、サッカーのJリーグとスペインリーグの差よりも大きいと思います(世界の注目クラブチーム10とかいう企画に「浦和レッズ」が選ばれたみたいですしね)。

    ただ、このエクセルシオ(愛称は「エク」だそうです)、自分が聴いた日本の四重奏団の中では、音作りの傾向に一番共感できました。

    どうしても、力量的にも、1stヴァイオリンが目だって、多少ソリスティックにガンガン弾くっていう演奏が多いと思うんですけど、「エク」の演奏は、1stヴァイオリンが「来るぞ!来るぞ!」と思わせといて、メロディを少し抜くというか、派手な音作りにならぬよう、バランスを取ってる感じなんですよね。

    でも、

    この演奏会に感動したか?

    と訊かれれば、それは完全に「ノー」。

    「まとまってる」なんて言葉は畏れ多いくらい、ほんとにバランスいい演奏ですし(弱いパートがなく、主張し合っている)、破綻らしき箇所も強引な感じの所もない。

    ただ、もしかしたら、解釈が甘いのかも?しれません。

    部分部分が綺麗だけど、曲全体から部分へ立ち返るような構成力があまりないのかも。

    全て穏便に穏便に演奏しすぎて、ちょっと面白さに欠けるのかなあ?と。

    それだけ誠実な演奏なんですけど。

    血液型で言えば、間違いなく、A型タイプの演奏。

    まあ海外の演奏と比べたら、ほとんどの日本人のクラシック演奏は、A型的なんだと思いますけれども。


    レビュー | 03:00:00| Trackback(0)| Comments(0)
    伊藤若沖
    久々に「はなきん!」って感じの金曜夜でした。

    ほぼ定時上がりで上野の森へ直行。

    金曜夜は、多くの美術館・博物館が閉館時間を延長しているんです。

    美術館とかって、マンドリンの繁忙期だと、土日もなかなか行けなかったりするので、金曜夜というのは案外狙い目です。

    近頃は仕事もそんなに忙しいわけでもなく、帰ろうと思えば、何とかなりますし。

    で、行ってきたのは、

    プライスコレクション 若沖と江戸絵画展@東京国立博物館

    でした。

    これ、どうもかなり良さそうだということで、気にはなってたんですが、最近ある知人から勧められ、また、まもなく終わってしまうということを知り、こりゃ行かんとあかん!ってことになった次第です。

    8月27日(日)までです!行きたい方は急ぎましょう~。

    いや、観てきて良かったです。

    実は、閉館時間になってしまい、最後の「第5章江戸琳派」を観ることができず、口惜しいので2500円もする図録を買ってきたのでしたが。

    自分は高校時代から今に至るまで、日本文化よりも海外の文化(以前は西欧、今は東欧やらイスラム圏も)への関心が強くなっていまして、江戸文化ってのは、面白そうだな、って思いながらも、ついぞ触れる機会があまりないままで・・・。

    ちょうど今日見逃した「江戸琳派」なんかは、展覧会行ったりして、以前から少しは馴染みもありましたが。

    日本史に疎い自分の発言なので、ピントがずれていたら、どなたかご指摘いただきたいのですが、思うに江戸時代ってのは、明治政府以降の日本政府によって、「朝敵たる徳川幕府による負の時代」の烙印を押され続けてきたんじゃないか?って気がするんですよね。

    今なお、政治家には、山口県出身者が割と多いとも言いますし、明治政府以降の「薩長閥」ってのは、その後も連綿と続いているんじゃないかと。で、歴史の常として、その直前の時代を否定しがちというのがあるので、江戸時代っていうのは、ずっと、

    「鎖国により国際性・国際競争力を失った国の後進性が顕著だった時代」

    というような目で見られ続けていたんじゃないか?

    って思ったんですね。

    でも、文化面、特に絵画について言えば、ゴッホが葛飾北斎の絵の影響を強く受けた話などを筆頭に、欧州の人たちは、日本の江戸文化にカルチャーショックを受けて、それで自分たちの芸術に対する見直し運動が起こったりしたわけです。
    その数十年後に現代アートが生まれた遠因の1つでもあります。

    江戸文化に触れる機会が限定的な状態でずっと来てしまった自分にとっても、このカルチャーショック度は同様で、まったく自国文化にカルチャーショック受けるとは・・・って感じなんですけど、でも、まあ今気付いてよかったす(←なんだ、そのテキトーな感想は・・・)

    そして何と言っても、伊藤若沖!

    なんざんしょ、この突然変異の天才は!

    大きな象が中心にいるカラフルな襖絵なんぞ、現代アートかと思ってしまいました。

    このリンク先にある絵です。

    鳥獣花木図屏風(ちょうじゅうかぼくずびょうぶ)っていう2枚組のふすま絵。

    これが18世紀の江戸絵画だとは俄かに信じられません!
    約86,000個のタイルを敷き詰めた壮大なモザイク画。「升目描き」(ますめがき)って言うらしいんですけど、美しい青い色の感じなんかも、まるで5~6世紀くらいのビザンティン美術みたいでもあるし、また、「1960年代のアメリカ画家の絵」って言われても、もしかしたら信じるかもしれません(さすがにムリか)


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    さて、今日はその後、某友人Sとメシ食べてきました。
    上野でオキナワ料理食べてきました。
    沖縄の料理は、ヘルシーかつ美味い。
    素晴らしい。

    沖縄ダイニング はなはな 上野広小路店 ★★★★☆

    自分にとって、恐らく人生でもっとも多く食事を共にした1人です(家族を除く)。

    学生時代から通算で300回は一緒にメシ食ってるんじゃないですかねえ。

    しかしながら最近はお互い都合が付かず、ヤツとメシ食べるのは、実に約2年半ぶり。

    いろいろディープな話をしてまいりました。


    レビュー | 03:00:32| Trackback(0)| Comments(2)
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